2025.12.12
上司としてチームメンバーの仕事を見て、こんなもどかしさを感じることはありませんか?「期待してアサインしたが、思った仕上がりにならなかった。一生懸命やっているのは分かるのだけれど・・・」。一方で、そんな時には部下の側にも葛藤があると思われます。「自分なりに頑張っているのに、なぜか上司の期待に届かない」「上司に『もっと考えてほしかった』と言われた瞬間、心のどこかで『ちゃんと考えてやったのに…』と落ち込む」。実は、私もそんな部下でした。
目標管理制度として、MBO:Management by Objectivesを導入されている企業は多いと思います。MBOは、上司とメンバーの双方が合意した目標を明確に定義し、その達成を目指す仕組みです。弊社では、これにS:Self-Controlを組み合わせ、MBO-Sとして運用しています。MBO-Sは目標管理にとどまらず、組織の成果と個人の成長を統合し、個人の能力開発にもつながるストレッチタスクが設定されます。
私自身も前期MBO-S設定タスクに全力で取り組みました。しかし結果は上司の期待に届かず、納得のいく仕上がりにはなりませんでした。やる気が足りなかったわけでも、努力を怠ったわけでもありません。それでも、どこか噛み合わないプロセスを辿ってしまった。この取り組みを振り返ると、自分が「意図せずやっつけ仕事になってしまう構造」に陥っていたのだと気づきました。
やっつけ仕事を生む構造:「暗黙化された期待」と「経路依存の誘惑」
この状況の背景には、互いに作用し合う二つの要因があったと感じています。一つは、暗黙化された期待。もう一つは経路依存の誘惑です。
まず暗黙化された期待とは、マネージャーの頭の中にある完成イメージや判断基準が十分に言語化されないまま共有されることです。マネージャー側の「ここまで伝えれば、あとは汲み取ってやってくれるだろう」という無意識の期待。そして部下の方も「恐らくこういうことだろう」とその期待を自分なりに解釈して、確認しないままわかったつもりになってしまう。結果として、それぞれの描いた完成形のズレが時間とともに広がっていく。双方の“わかったつもり”が積み重なることで、期待水準と成果物が噛み合わなくなっていくのです。
そして、部下の“わかったつもり”が更なる起点となり、次にやってくるのが経路依存の誘惑です。経路依存とは、過去の慣習や成功体験が現在の選択を縛り、変化へのストレスを避けるように働く現象です。忙しさの中で、私は「以前うまくいったこのやり方なら今回も大丈夫だろう」と無意識に思い込み、思考を深掘りする前に慣れたパターンへと突き進んでいました。その安心感は短期的には心地よいものの、ストレッチタスクに求められる視野の拡張を阻みます。結果として上司の期待アウトプットと噛み合わない状態を生んでしまったのだと思います。
背伸び仕事ほど、意図しない「やっつけ」に陥りやすい理由
恥ずかしながら、過去の私は、このパターンを繰り返してしまいました。その背景には「期待されているから完璧にしなきゃ」「ミスをしたくない」という心理的なブロックがありました。ストレッチタスクほど、初期には、はっきりした正解が見えない。これまでのやり方も通用しない。そのため不安になり、無意識のプレッシャーが更に高まります。その結果、リスクの少ないと考えられる「いつものやり方」を選び、品質不十分なアウトプットをギリギリに出すことを繰り返していました。
しかしストレッチタスクの価値は、正解を出すことではなく、未知の領域をどう探って、自分なりの答えを見つけていくか、そこにありました。つまり、与えられた課題に合格点を出す仕事ではなく、上司や仲間と一緒に成功の定義から作っていく仕事だと発想を転換しなければならなかったのです。このことに気づいてから、私は取り組みプロセスを変えるための一歩が踏み出しやすくなりました。
ビジョンを共有する:フロントローディングで行動する意味
きっかけとなったのは、社外で受けていたMBAの授業でした。交渉学という講義で、「交渉とは、“共有ビジョン”を描き、それを関係者と共有すること」という話を聞きました。その時、これまで社内で推奨されてきた仕事の進め方、フロントローディングの意味がすっと腑に落ちました。
フロントローディングとは、プロジェクトの初期段階にパワーをかけて設計を行うことだと捉えていました。しかしこれまでの私は、初期段階で何にパワーをかけるべきか、わかっていなかったのかもしれません。講義を受けた後、初期段階に時間とパワーをかけてすり合わせるべきなのは、「目的の解像度」だと気づきました。上司や関係者と「このプロジェクトの本当のゴールは何か」「成功とはどんな状態か」を丁寧にすり合わせるプロセス、ここに意味があったのです。
そう気づいた後、MBO-Sのストレッチタスクの進め方が変わりました。今回設定された内容は、自社内のみならず、社外のステークホルダーとの協働や交渉も必要なシステム構築のプロジェクトでした。これまでの私であれば、正解の見えなさや多くの人の巻き込みにひるんだことでしょう。しかし今回は、初期に上司との壁打ちを重ね、自分が描く方向性と上司の見立てをすり合わせたことで、社外との交渉や協働においても適切な落としどころが見えるようになりました。結果、プロジェクトの進みは過去に比べて格段にスムーズになりました。
このプロジェクトで感じたフロントローディングのポジティブな効果が二つあります。一つは、アウトプットとアウトカムのチューニング効果です。初期に上司と「アウトプットとして何を出すのか」だけでなく、「そのアウトプット・成果がどんな変化を生み出すのか、生み出したいのか」まで見据えて整理しました。その後のアクションの方向性は、この整理項目により明確になりました。
もう一つは、段取りの精度が上がる効果です。今、判明していること、判明していないことを早期にクリアにする。そうすると他者への相談や巻き込みの必要性を理解できる。そしてアプローチするタイミングを考えられる。特に新しい、やったことない領域のことにトライする時ほど、この段取りの要素分解に時間を使うことが重要だと気づきました。実際、段取りを前倒しで組み立てることで、実装に入った後の修正余地が残り、後半の迷走を防ぐことができました。
15分の壁打ちが仕事の質を変える
この経験を経て、最近意識している行動があります。それは、関係者との短時間でのざっくばらんな壁打ちミーティングの活用です。時間をかけて完璧な状態に作り上げて報告するのではなく、途中の段階で方向性の確認やアイデア出しの相談を行う。時間にしてたった15分程度の対話が、後の手戻りを驚くほど大きく減らしてくれます。
私の行動を後押ししたのは、弊社の仕組みです。社内では「雑な相談(That’s So:ザッソウ)」と「雑談(That’s Done:ザツダン)」という件名でのOutlookのインバイトが推奨されています。ザッソウは、方向性やアイデアを気軽に話す雑な相談のミーティング。ザツダンは、結論を出す場ではなく、思考を広げる対話的なミーティングです。とはいえ、この仕組みは最近できたものではなく、長らく推奨されてきました。しかし、これまではあまりうまく活用できていませんでした。最近では、意識的にこれら機会を活用しています。例えば、本コラム執筆中に行き詰まった際、別部署のメンバーに声をかけてザッソウを実施。異なる視点が加わることで、文章の構成が一気に整理され、書きやすくなりました。
今、過去の自分に伝えたいこと。それは「完璧にしなきゃ病」を手放そうというメッセージです。またストレッチタスクを任されたときほど、ひとりで抱え込まない行動がとれるチャンスだよ、とも伝えたいです。うまく進まないときほど、自分でなんとかしなきゃと焦って空回りしていた。でも本当に必要だったのは、誰かの手を借りてでも、立ち止まり目的の解像度を上げ、考えを整理する時間でした。上司や同僚に「少し雑談していいですか」と声をかけて、未完成なものへのフィードバックもらう。やみくもに手を動かす前に、ゴールの姿やその先にあるビジョンを一緒にすり合わせる。その小さな対話を厭わないことが、「やっつけ」と呼ばれてしまう悲しい仕事を防ぐ何よりの近道だと、今では思います。
そして、もしこのコラムを読んでくださっているかたのメンバーが空回りしているとしたら、部下の漠然とした不安や焦りを乗り越えるサポートとして、「雑な相談の場を持とう」と考えるプロセスに寄り添う声かけをしてみてはいかがでしょうか。隣に立って一緒のビジョンを見ようとしてくれる、その姿勢が後押しとなり、部下の挑戦を再び前へと動かすかもしれません。
参考文献
田村 次朗(2014) 『ハーバード×慶應流 交渉学入門』中央公論新社
(Written by Lam/Coordinator, Client Success Department)