2025.10.16
即戦力を期待され入社した中途社員。しかし入社数か月後、「思ったような成果を上げてこない」「すでに離職しそうだ」、という声が現場から上がってくる。そんなご相談を人事担当者からお伺いすることがあります。人事担当としてみれば、入社時のオリエンテーションも、受け入れ人員体制も整えている。それなのに、なぜ中途社員の立ち上がりがスムーズにいかないのでしょうか。
その背景の一つとして、オンボーディングが「会社(人事)による入社オリエンテーションや入社時研修」といった限られた施策として認識されている可能性があると考えます。この「中途入社者の受け入れプログラムは人事の仕事」という社内の認識、そして「中途社員は即戦力であるべき」という希望的観測を込めた思い込み。これらが知らず知らずのうちに、中途社員が組織に馴染みに行こうとする行動を阻害してしまっているのかもしれません。
かくいう私も、現在インパクトで人事を担当していますが、昨年9月に中途入社を経験しました。前職では人事として中途社員を受け入れる側だった私が、今回中途社員として「馴染みにいく側」になった。この経験により、オンボーディングに対する視点が大きく転換しました。そして、新しい環境での中途社員の受け入れも経験した今、こんな問いが浮かび上がってきました。
オンボーディングは、人事だけが頑張るものなのでしょうか。
視点の転換:「馴染む」と「馴染ませる」の双方向性
オンボーディングとは、新しく加わったメンバーが組織に馴染み、役割を理解し、行動を適応させていく一連のプロセスです。つまり「馴染む」と「馴染ませる」の双方向性が必要だと考えます。よくある中途オンボーディングがうまくいかない背景には、「中途入社だから仕事ができて当然」という即戦力への思い込みが、受け入れ側(現場・上司)だけでなく、入社者側(本人)にも潜在的に存在している可能性があります。周囲と本人の期待と、とはいえ新しい環境における本人の焦り。これらがうまくかみ合わないと、「馴染みに行く行動」よりも「即戦力であることを示す行動」をとろうとしてしまい、結果として 「馴染みにくさ」 が生まれてしまうのではないか。これら双方の思い込みは、ある意味構造的なバリアのようなものかもしれません。だからこそ、このバリアを壊すため、オンボーディングを「協育(きょういく)=共に育つ関係性」のプロセスとして捉え直してみることがヒントになるかもしれません。つまり中途社員本人が自ら動き、現場・上司・同僚が応答することで、互いの理解や成長が促される関係性です。誰か一人が頑張るのではなく、日々のやり取りの中で共に育つ双方向の関係性。これを組織全体で育むことが、オンボーディングのひとつの鍵となると感じています。
このように考えたのは、自身の中途入社経験を経てからです。まさに「馴染みにいく」フェーズに身を置いた当事者となって、このプロセスの重要性を実感しました。関係性を築き、期待行動を理解し、過去の癖を手放していく。この一連の流れは、「組織再社会化」*1と呼ばれるプロセスに沿ったものでした。すでに社会化された個人が、新しい組織文化・役割・関係性に適応し直す流れであり、私の経験はその中の3つの要素を通じていたと、振り返ってみて気づきました。
組織再社会化の3要素と「馴染む」「馴染ませる」ための仕組み
①人脈学習:顔見知りになることが、関係構築の第一歩
主体:本人×全社員
中途社員が組織に馴染むには、その組織の所属メンバーと「顔見知りになる」ことが欠かせません。まず、どんな人がいるのか、組織を把握することが必要になります。そこでインパクトのオンボーディングでは、初月に社員全員と30分の1on1の時間をとる、というミッションを設けられていました。中途社員が自らスケジューリングし、対話の時間を依頼する。そして時間内で質問を投げかけ、仕事や人となりに触れる。特にインパクトでは、コロナ前からフルリモート制を導入しており、また繁忙期にはデリバリーメンバーは現場にいることも多い。このワークスタイルだからこそ生まれた関係構築方式とも言えるのかもしれません。
さらに、中途社員には、所属部門以外のナナメの関係性でサポートをするBooster社員が配置されていました。オンボーディング期間中には、2週に1度の1on1の実施が推奨されています。Booster社員は中途社員にとって「何を聞いてもいい存在」として機能することが期待されています。私もこのBoosterとの会話によって、社内の情報を得、先輩に話しかけるタイミングや内容を図ることができ、人脈形成のハードルが下がったと感じています。Boosterを担当した先輩社員からは、「対話を通じて、自分の業務やスタンスを見直すよい機会にもなった」との声もありました。
中途社員が自ら動ける機会を用意し、周囲がそのアクションに応える体制を整える。これが馴染みの第一歩を支えると感じました。
②評価基準・役割学習:期待行動のすり合わせとフィードバック
主体:本人×マネージャー
新しい組織での役割の理解は、期待行動のすり合わせとフィードバックの繰り返しによって深まります。中途社員の場合、入社時に期待値をすり合わせる機会を持つことが多いでしょう。しかし業務へ没入するにつれ視野が狭くなり、目の前のタスクに追われやすくになります。ここに焦りが加わると、組織の期待の確認が不十分なままズレた方向に突き進み、気づいたときにはお互い修正がしづらい状態になっている。実はこの状況は、前職で人事として受け入れた中途社員の数か月後の姿で何度か目にしたものでした。
この状況を防ぐため、入社2日目にある提案を上司にしてみました。毎週30分の直属上司との1on1です。ミーティングの目的は、業務を通じた気づきの内省と、組織が期待する行動とのズレがあればフィードバックを受けること。期間は3か月で一旦お願いをしました。忙しい上司に時間を割いてもらうよう依頼するのは勇気がいることでしたが、受け入れてもらえ、ほっとしたことを覚えています。このすり合わせ機会により、取るべき行動の判断とその背景にある考え方を理解し、認識にずれがあれば早期に修正できるようになりました。また、上司の問いかけにより先の見通しが立てやすくなり、早く独り立ちしなきゃ!というやみくもな焦りや不安の軽減につながりました。この取り組みについて上司と振り返った際には、「こまめにフィードバック機会が持てたことで、期待値のズレを都度修正できた。結果的には早く手離れできたと感じている」とのことでした。
また、日常のやりとりに関しては、社内コミュニケーションルールの「OK」「NG」の線引きが明文化された「コミュニケーションガイドライン」をインパクトでは作っています。そこでは、具体の線引きだけではなく、その理由も明確に記載されています。ガイドラインに沿った行動にはGood、逸脱には改善のフィードバックがタイムリーに返ってきます。このように、期待行動が明文化されていることで、すり合わせやフィードバックの土台が整い、中途社員が馴染むための行動を後押しすることができます。
早期独り立ちのために、最初に敢えて丁寧に時間をかけて、入社者本人が自ら内省し、上司からも期待を伝える場を用意する。上司との週次の1on1は用意されていた制度ではありませんが、今回働きかけて設定してもらったことにより、そこでのやり取りの頻度の高さや内容が、中途社員の期待行動に対する理解、特にニュアンスや方向性などを含めた理解を深める機会になると感じました。
③学習棄却:アンラーニングは、言うほど簡単ではない
主体:本人×全社員
中途社員は、前職での経験や成功体験を持っていることも多いと思います。新しい組織で、頭では「ここでのやり方を理解しよう」と思っていても、過去から染みついた細かな癖や判断基準は、無意識に表出してしまうものです。この時、この組織ではどんな行動が、どうして求められるのか、という判断基準が明確になっていることは非常に重要です。例えば、前述の「コミュニケーションガイドライン」は、日常のやり取りの中で「何がOKで、何がNGか」を明示してくれる存在です。それに沿った行動には称賛が、逸脱には改善のフィードバックが返ってくることで、過去の癖に気付き、現在の環境やそこで求められる行動に齟齬があれば、修正するきっかけになります。
またインパクトでは、上位概念の行動指針「Principle」も明示されています。そしてそのPrincipleを体現するような仲間の振る舞いに対して、RECOGというツールを用いて称賛レターを送りあう文化が根付いています。この取り組みにより、仲間が受け取ったレターを通じて、この組織で評価される行動やスタンスを理解できるという効果を私自身は強く感じました。また自分が意識的に取った行動だけではなく、何気なく取った行動に対しても称賛のレターが届くことで「この組織で望ましいとされる行動が何か」を実感していくことができました。
正直な所、私自身も転職直後、何度も前職のやり方が顔を出しました。その癖が出るたびにフィードバックを受け、「またやってしまった」と落ち込むこともありました。しかしコミュニケーションガイドラインによる明確な基準や、Principleと称賛レターといった行動指針があったことで、日常の小さな改善を行うことが後押しされました。そうしてやってみるとレターが届く。新しい環境でも少しずつは前に進んでいるという感覚が持て、救われた気持ちになったのを覚えています。
これまでの組織でよしとされてきた判断や行動を変えることはとても難しいことです。その行動変容を本人任せにするのではなく、既にできていることも、変更した方がいいことにも気づいて、周囲がそれを伝えてくれる。仕組みを通じて「できたこと」が可視化される。そのやりとりの往復が、難しいアンラーニングにチャレンジする支えになると感じています。
共に育つ仕組みで支える:定着とその先の活躍
これら3つの要素は、いずれも「受け入れ側の設計」と「本人の自律的な行動」が相互に作用することで定着の質を高めるものだと感じます。まずは人事が「中途社員が馴染みに来られる仕組み」を意図的にデザインする。そして中途社員・マネージャー・全社員が、それぞれの役割を担って、それぞれの立場でサポートする。そうすることで、人事任せではない協育のプロセスを成立させることができるように感じています。
オンボーディングの目的は、入社者の定着とその先にある活躍です。活躍の土台作りとして、中途社員が組織に馴染み、役割や期待される行動を理解し、それを実現していく。少数の人事担当が入社時の研修・レクチャーや、その後の定期面談だけでこれを叶えることは難しいでしょう。中途社員を取り巻く周囲の社員を含めて、日常的に人や組織、行動基準を理解し、馴染み、馴染ませていく仕組み。これを整えることが活躍の土台となると考えています。中途社員が「受け身だね」と言われてしまう背景には、その仕組みがうまく動いていない可能性もあるかもしれません。
もちろん、弊社の取り組みも完成形ではなく、現在もよりよいプログラムとなるように、人事担当者として改訂を進めています。制度を作って終わりではなく、運用しながら見直し、改善を続けることが、定着支援には必要だと感じています。もし、現在オンボーディングにお悩みの点があれば、まずは入社者の馴染みやすさを支える仕組みがあるか、という点を振り返ってみることも一助となるかもしれません。例えば、人事と受け入れ部門のマネージャーで「次の入社者が誰と顔見知りになっておくと、組織に馴染みに行きやすいか」「その人との接点は、意図的に用意されているか」といった人脈学習観点でのサポートから話し合ってみることもおすすめです。このように人事担当だけでなく、現場と本人とが共に育つ仕組みを作っていくことが、中途社員の活躍を後押しすると信じて、今後も改善を進めていきます。
参考文献:
*1 中原淳(2012)『経営学習論 人材育成を科学する』、東京大学出版社
尾形真実哉(2022)『組織になじませる力』、株式会社アルク
(Written by Shelly、Brand Enhancement Dep. Human Development)