2026.5.11
「うーん、外れてはいないんだけど……。もう一度、考えてみてくれないかな」
上司に企画を提案すると、目的やゴール、要件を満たしたつもりなのに、なぜか納得感が得られない。そんなもどかしさや、上司にはまらないやるせなさを感じた経験はないでしょうか。私も以前の部署で、全社的なイベント企画を任された際、この壁に突き当たりました。
この時の企画オーナーは、当社の社長。ファシリテーションのプロです。初回の企画意図や背景ヒアリングの場では、彼の考えや想いを論理的に筋道立てて、クリアに話してくれました。私を含む当時の企画チーム4人はその言葉を漏らさずメモし、その後それぞれに提案を作成しました。しかし提示された4通りの案に対する企画オーナーの反応は「どれも完全に外れてはいない。でも、もう一回考えてみて」という言葉でした。このとき浮かんだのは、同じ話を聞いたのに、なぜ4者4様に認識がズレたのか、そしてどれも外したのかという疑問でした。
認識がズレるのは、どちらか一方だけの問題なのか
ビジネスにおいて認識の不一致が生じること自体は、そこまで珍しいことではありません。そんなとき「伝え方に不足があったのでは」との指摘がまず行われるのではないでしょうか。一般的に、コミュニケーションについて語る際、語彙力やプレゼンスキルといった伝える側の工夫や改善に解決策が求められがちです。ご存じの通り、伝えるスキルに関するノウハウ本は世の中に溢れています。
しかし今回のように伝える側には不足が少ないと思われる場合でも、このようにズレが生じる。だとすると、伝える側の責任が果たされるだけで、この認識すり合わせは解決されるのでしょうか。そもそも脳内にある抽象的な想いや固有のこだわりを、言葉という記号で100%過不足なく転送すること自体が原理的に難しいことです。
加えて多くの企画の初期段階では、企画オーナー自身も実現したいことを明確に言語化できていない可能性もあります。その状態で、伝える側への言語化を要望し、誤解の余地なく説明するようリクエストする。それは現実的に考えて無理があります。そのうえコミュニケーションにコストがかかりすぎます。
また、仮に伝え手がどれほど言葉を尽くしても、受け手がその言葉の表面をなぞって「理解しているつもり」になっている限り、伝え手の思考の奥にある意図や想いを汲み取ることはできません。もちろん、先述のケースでもメンバー全員、表面的な理解だけで提案を作ろうとしたわけではないのに、結果的に全員が何かしらズレてしまった。もしかすると、言葉を受け取る側にも何かしらの壁があるのではないか。そう感じました。
デコードは急ぐほどズレやすい
明快な言葉を受け取り、その理解をしたつもりなのに認識がズレる。自身を振り返ってみると、私が行ったデコード(受信者が発信者のメッセージを解読し、意味として理解するプロセス)において、いくつかの認知バイアスが働いていたと気づきました。
一つ目は、効率化への執着です。イベント実施までにあまり日がない。そう焦り、無意識のうちに最短で答えを出したい、決めたいと考えていました。そのため相手の言葉の意味を確認することより、自分の脳内にある言葉の定義にそのまま当てはめて解釈しようとしていました。二つ目は、「経験」という名の足枷です。かつての企画経験や過去前例を頼りに「今回もこのパターンだろう」と自動思考で結論を出そうとしていました。加えて当時の私には、「同じ社内で、そんなに大きく解釈がズレるはずがない」という思いこみもありました。このスタンスもまた、自分の解釈を吟味し、相手に問い直すという行為を妨げた要因でした。
受け手ができる能動的な働きかけのヒント:解釈の提示と補正
こうした一連の経験と振り返りを経て、今有効だと感じるのが「フロントローディングな認識すり合わせ」です。もし認識にズレがある場合、企画プロセスの後半になればなるほど、すり合わせ地点に戻るための労力、そして手戻りのロスは大きくなります。だからこそ初期段階で認識のすり合わせを行うことが肝心です。
またここで重要なのは、自分の解釈を提示し、何度も何度も確認を繰り返すことです。初期段階での解釈は、多少ズレていても、外れていても構いません。むしろ企画オーナーの考えと「どこが、どのように」ズレているのか、早期に発見し補正する。これこそが自身の解釈を提示する目的だからです。個人的にポイントだと感じるのは、以下の3点です。
- 短く、頻度多く機会を持つ: ミーティングは、長さよりも回数を重ねる
- 具体例で提示する: 自分の解釈を具体的な場面や事例を用いて表現してみる。相手のイメージと一致しているかを確認する
- 解釈のズレはチャンスだと捉える: ズレ=悪いことではなく、補正が進むチャンスと捉える
日が迫ったイベント企画において、出来るだけ早く具体的な手配を始めたい。そう思いながら、企画オーナーと頻度多く、認識確認の場を持つことは、正直面倒だと感じるかもしれません。しかし初期段階で、ズレの補正が行われ、企画精度が上がると、その後のプロセスでは迷いも手戻りも生じず、むしろスムーズで効率的になる。さらに、この確認プロセス自体が、企画オーナーの思考や想いに近づき、信頼関係を作っていく機会にもなるものでした。
伝え手と受け手のキャッチボールが精度を上げていく
このような受け手側の工夫は、部署が変わった今も、実践し試行錯誤中です。新たな上司(彼も理路整然と話すファシリテーターです)とのやり取りでも、理解や解釈のズレが生じるシーンはいくつもありました。以前の私と違うのは、そこで正解がわからないやるせなさを感じるのではなく、ズレの補正とコンテクストの理解にフォーカスできる点だと感じます。上司に対して、フロントローディングで解釈の提示と補正を繰り返す。その機会の積み重ねにより、相手の言葉の裏にあるイメージやニュアンスが掴めてくる。このプロセスを以前より楽しめています。
コミュニケーションにおいて、「『伝える』は、『伝わる』とは異なる」とよく言われます。「だから、伝える側のスキル向上が必要」とも言われがちです。しかしそもそもコミュニケーションは、キャッチボールと同じく双方向の営みです。キャッチボールも、素晴らしい球を投げるピッチャーの技術に目が向きがちですが、キャッチャーの捕球技術も大きく影響することはよく知られています。
グローブの芯で捕ろうとしなければ、ボールはこぼれる。球を芯で捕えられるようになるために、投げられる球を受け続けるだけでなく、自分からピッチャーの意図や思考を掴みにいく働きかけをする。ここには、受け手側に改善の余地があるかもしれません。そしてそこを改善することで、企画で目指そうとする未来の実現がより近づくのかもしれません。
*参考文献:
「世界は認知バイアスが動かしている 情報社会を生き抜く武器と教養」 栗山直子
(Written by Sae, Facilitator, Client Success Department)