2026.8.6
気づけば、自分ひとりのプロジェクトになっていた
全員で進めているはずのプロジェクトなのに、いつの間にか自分だけが走り続けている。そんな感覚を覚えたことはないでしょうか。
impactに入社して4カ月目、新規コンテンツの開発プロジェクトのリーダーを任された私は、まさにその状況に陥りました。前例の少ない案件だったため、立ち上げ時には役割や責任範囲を整理していたものの、進行するにつれて誰が担うべきか判断の難しいタスクが次々と現れました。そのたびに私を突き動かしたのは、「プロジェクトを止めてはいけない」という強い責任感でした。
結果、曖昧なタスクが出るたびに「これは自分がやるべきだろう」と判断し、次々と引き受けることに。そうするとタスクはどんどん増えていく。辛かったのは、そうして時間や手をかけている割に、プロジェクトが前進している実感が乏しかったことです。むしろ自分が動くほど、周囲の動きが減っていくようにすら感じていました。
「この進め方で、本当に合っているのだろうか」。当時の私には違和感はあれど、立ち止まり違和感の正体を言葉にする思考や気持ちの余裕がありませんでした。今振り返ると、そのズレを「構造」として捉えるのではなく、個人の能力や意欲の話のみに矮小化していたように感じています。
「任された人が最後まで背負う」という思い込み
プロジェクトを停滞させていた最大の要因は、自分自身が持っていた責任の捉え方にありました。当時の私は、「任された人が最後まで背負い切ることが責任である」と考えていました。そのため、曖昧なタスクが発生すると、本来であれば整理し、適切な担当を検討すべきところを、「自分が引き取るべき仕事」として受け止めていたのです。誰かにそう教えられたわけではありません。それでも私は、任せることを無責任だと捉え、分担することにどこか後ろめたさを感じていました。
もちろん、プロジェクトの開始時点で、プロジェクトの基本要素や役割の定義はしていました。しかし、案件が進む中、新しい事実や不明個所が明らかになった時、無条件に自分でボールを引き取る判断をしていた。そこには「強い遠慮」と「期待の取り違え」もあったと思います。
勅使川原真衣さんの著作『組織の違和感』では、「個人に閉じた判断が、構造を見えなくする」と指摘されています。入社して数か月、私自身分からないことや聞きたいことも多い。しかし周囲も皆いそがしい。そんな中でリーダーを任せてもらっている。だから、分からない、迷っていると口にすること自体が期待を裏切ること。そう思い詰めた結果、プロジェクトの全体像や判断が自分の頭の中だけに集中していきました。
こうして、一見するとリーダーが全体を管理できているようでいて、実際には「自分が止まったら、このプロジェクトは止まる」という不安定な状態を作り上げていたのです。そして進めば進むほど、役割の整理は後回しになり、責任の所在は曖昧になっていく。プロジェクトを前に進めるためだと思い、選択した行動が、結果的にチーム全体の動きを止めていました。まさに個人に閉じた判断が、プロジェクトの構造を隠していたのです。
責任を抱え込まず、構造として捉え直す
状況が変わり始めたのは、自分の問題として抱え込むのをやめ、「プロジェクトの構造」の問題として見直したときでした。そのために2つの点を意識的に変えました。 一つ目は、役割と責任を「構造として外に出す」ことです。
プロジェクトマネジメントにおいては、不確実性は免れ得ません。進んでいく中で生まれる浮き球のようなグレーなタスク。以前の私はこれらを無条件に抱え込んでいました。しかしやりくりの限界を迎えた。そのため、一度立ち止まり、タスクを分解し直しました。「これは誰の責任なのか」「どの部署が担うべきなのか」を言葉にして、構造として整理してみました。
すると気づいたことがあります。ミーティングで、メンバーがどこか他人事のようだ、と感じた。その背景にも、役割定義、責任の所在や、役割における期待を私が明確に伝えていなかったことがあったのです。「誰が、何をしなければならず、何に責任を持つのか」。これをリーダーだけの解釈に留めず、外に発信していくことが足りていなかった。そう気づいた私は、仕切り直しのミーティングを開き、全員の前で役割と責任を明確に伝える場を持ちました。状況を構造として扱え直したことで、少なくとも判断の前提は揃い、チームでプロジェクトを議論できる状態に戻すことができました。
二つ目は、判断や違和感を自分だけで処理せず、第三者の視点を入れる場を持つようにしたことです。実は、私はプロジェクトのキックオフを業務都合で欠席していました。もちろん議事録から内容についてはキャッチアップしていましたが、キックオフ時点のクライアントの期待や合意事項、ニュアンスを十分につかみ切れていなかったのだと思います。
そのため、「なんだかもやもやする」「本当に大丈夫だろうか」という感情を抱えていました。振り返ると、あれは明確なアラートであり、違和感のサインでした。しかし、その感覚に向き合うことなく、そのまま渦中に突き進んでしまった。壁にぶつかった私は、構造の整理と同時に、上司にその違和感をそのまま吐き出しました。自分だけで答えを出すことを、ある意味諦めたのです。
すると、上司からの問いかけにより、自分一人が抱え込んでいた判断や責任を適切な場所に戻せる瞬間が何度も起こりました。私はどこかで、「自分だけで判断することがリーダーの強さだ」と思い込んでいました。しかし振り返れば、相談とは責任放棄ではなく、責任と判断を適切な場所に戻す行為だったのです。
これら2つの行動を変えたところ、まずリーダーとしてとても楽になりました。またそれ以上に、プロジェクトが「自分のもの」から「チームのもの」に戻っていった感覚を持ちました。一人で抱え込むことをやめると、関わる全員が自分の守備範囲を理解し、有機的に動き始めました。メンバーから不明点の確認が入るようになり、「一緒に情報整理してほしい」「この部分のサポートをしてほしい」とリクエストが寄せられるようになりました。プロジェクト後半には、私からの指示だしは必要なく、各担当者が主導して物事が進んでいきました。自走するチーム、という言葉を実感しました。
そうして仲間と作り上げた新規コンテンツ2本は無事にお披露目され、嬉しいことに参加者、企画運営側双方の感嘆を持って受け止められました。また、そのうち1本は汎用性の高さゆえ、他のプログラムにも積極的に組み込まれるなど、会社の新しい資産となっています。
個人の問題ではなく、構造の問題として見る
この経験を通じて、問題が起きたときに、タスク処理に飛び付いたり、個人の能力を嘆くのではなく、「どのような構造がそうした状況を生んでいるのか」をまず考えるようになりました。また閉じた状況を作り出さないための工夫も日常的に行っています。
impactのPRINCIPLEに「Don't be an Operator」という行動原則があります。作業をこなすのではなく、説明する・質問する・主張する責任を果たすという考え方です。また、特別な事情がない限りやり取りは全社のオープンチャネルで、というコミュニケーション・ガイドラインも明示されています。
例えば、仕事のやり取りで「ちょっと聞きたいだけだから」と他意なく個別チャットでやりとりをして、情報が閉じてしまう。そんな一手が、判断や責任を個人に閉じることにもつながります。理由がない限り、やり取りはオープンな場で行う。この行動を全員が徹底することで、判断の背景や責任の所在が共有され、チーム全体で意思決定できる状態を維持できます。構造から起こる問題は、仕組みとその運用の徹底によって防ぐこともできます。
協働が前提となる仕事では、責任は一人で背負うものではありません。役割に応じて適切に分有し、共有していくものです。責任を抱え込まないことは、逃げではない。むしろチームでより大きな価値を生み出すために必要なリーダーシップなのだと、今回の経験から気づきました。現在アシスタントマネージャーとなり、業務品質のゲートキーパーとしての役割を担う上でもこの観点をぶらさずに、マネージャーやチームの仲間と価値の高い仕事を創っていきたいです。
参考文献
・勅使川原 真衣(2026)「組織の違和感―結局、リーダーは何を変えればいいのか?」ダイヤモンド社
(Written by Mikey, Assistant Manager, Facilitator, Client Success Department)